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第5章 開発援助のセクター別インパクト分析



5.3 ODAのセクター/タイプ別インパクト分析

5.3.1 分析手法 5

計量経済学的分析手法を用いて開発援助のセクター/タイプ別インパクトを定量的に分析する。具体的にはODAのセクター/タイプ別累積受取額とバングラデシュのマクロ経済データ(セクター別GDPおよび輸出データ)との統計的な因果関係の有無を調べ、有意な関係が認められる場合における各説明変数のマクロ経済に対するインパクトの度合いを分析する。分析に用いるデータおよび手法は以下の通りである。

(1)分析データ

  • セクター/タイプ別ODA 累積受取額(時系列データ:18ヵ年)
  • セクター別GDP、輸出データ等(時系列データ:18ヵ年)


上記の各種基礎データを特定の指数に変換する6。そして、これらの指数を対数変換し、グランジャー因果テストを行い、最後にその結果に基づいてパネル分析を行うというステップを踏む。

表5-3-1 ODAのセクター/タイプ別インパクト分析データ

ODAデータ マクロ経済データ
変数名 変数名
ODAタイプ
資金協力
技術協力
ODAセクター
農業
農村・組織開発
水資源開発
工業開発
電力開発
石油・ガス・天然資源開発
運輸交通
通信
住宅・施設・上水道
教育
スポーツ・文化
保健医療・家族計画
マスメディア
社会保障、女性・青少年開発
行政組織強化
科学技術研究
職業訓練
セクター別GDP等
農業
鉱業
製造業
電気・ガス・水道
建設
商業
運輸通信
金融
公共サービス
その他
輸出
出典: ODAデータ:MoF, Flow of External Resources into Bangladesh 2000.
マクロ経済データ:ADB, Key Indicators 1999, 2000.
備考: 技術協力とは、組織能力強化、技術移転、人的資源開発のための援助であり、奨学金、機材供与、専門家派遣等にかかる費用などを含む。しかしながら、かかる情報がバングラデシュ政府(ERD)に提供されるか否かは各ドナーの対応に依存しているため、必ずしも全ドナーの技術協力額の積算ではない。ちなみに、我が国からの個別派遣専門家や青年海外協力隊派遣にかかる費用は本データに含まれていない。


コラム5-1 データ変換方法について

本報告書における実証分析に用いたマクロ経済および援助額の各種データは、基礎データを以下のように変換したものである。

1.マクロ経済データ

セクター別名目GDPおよび輸出統計(出典:ADB, Key Indicators 1999, 2000.)の変換は以下の通り(例、農業生産データ:AG)。

マクロ経済データ
2.ODAデータ

セクター・タイプ別援助統計(出典:MoF, Flow of External Resources into Bangladesh 2000.)の変換は以下の通り(例、水資源開発セクター:WR)。

ODAデータ


(2)グランジャー因果テスト

モデルを定式化する際の重要な問題の1つとして一方の変数が他方の変数と因果関係があるか否かという問題がある。たとえば、GDPとODAの関係を考えると、ODAの変化が原因でGDPが変化したのか(ODA→GDP)、それともGDPが変化したのが原因でODAが変化したのか(ODA←GDP)、または因果関係は無いのかなどの問題に答えるためにグランジャー因果という因果性の概念を導入した。先の例で言うと、もしODAに関する過去の情報がGDPの予測を改良するのに役立つならばODAはGDPのグランジャーの意味で原因になっていると言える。このことをテストするのがグランジャー因果テストであり、計量ソフト(TSP)を用いて検証する。同テストのモデル式は以下の通りである。

分析モデル
分析モデル


パネル分析では以上のようにして検証した結果からモデル 2)の推計F値が有意でモデル 1)のF値が有意でないという結果、つまりXはYのグランジャーの意味で原因になっていないと統計的に検証された変数を除いたものだけを用いて、Y(各GDPセクター等)を従属変数、X(各ODAセクター/タイプ)を独立変数としてモデル分析を行う。

(3)パネル分析

経済データの2つのタイプ(1時系列+2横断面データ=パネルデータ)を用いて分析対象の最適化行動を推定する手法がパネル分析である。本分析では、時系列データ=17カ年、横断面データ=ODAセクター/タイプのデータを用いてどのセクター/タイプのODAが各種マクロ経済指標にインパクトを与えているかを検証する。

ところで、パネルデータから推定を行う際の課題は推計モデルの選択である(固定効果モデルまたはランダム効果モデル)。推計においては各ODAセクター/タイプに固有な観測できない変数(たとえば、効率など)は個別効果として捉えられる。もし、援助効率が高く、マクロ経済にさらなるインパクトを与えているという傾向があれば個別効果と各説明変数間にプラスの相関が生じる。

よって、もしこのような関係がある中でセクター別GDPをセクター別ODAに回帰させれば説明変数の係数にはプラスの偏りが生じる。そのため、個別効果が説明変数と無相関である場合と、相関がある場合とでは異なる推定量を用いて推計係数の偏りに対処しなければならない。前者の場合がランダム効果モデルであり、後者の場合が固定効果モデルである。どちらのモデルが適しているかは計量ソフトによる検定統計量によって判断でき、各モデルによって説明変数の係数も推計される。

5.3.2 実証分析結果

以上のような計量経済学的手法を用いて対バングラデシュODAの評価を行った結果を添付表5-3-1に示す。ここでは推計モデル、推計係数そして推計係数の有意性を判断するt値などを示している。ちなみに、t値の大きさから統計的に有意と認められる推計係数を太字で示している(t値>√2)。また、従属変数(各GDPセクター、輸出)を上段に示し、説明変数(ODAタイプ、セクター)を左側側面に示している。先に述べたように、パネル分析に用いた説明変数はグランジャー因果テストで従属変数の変化の原因となっていると検証された変数を用いている。

パネル分析結果によると、個別の因果テストでは関係が認められたものの、それらの説明変数の係数を同時推計したパネル分析では推計係数がプラスで有意な説明変数とそうではないもの、また符合がプラスのものとマイナスのものなど、各説明変数で異なる推計値が得られた。このことはある意味で合成の誤謬と言えるだろう。つまり、個別セクターにおける個別プロジェクトのマクロ経済効果を評価してODA実効額を積算しても被援助国の援助吸収力、実施能力、管理能力などの制約条件により必ずしも望ましい経済効果へとは結びつかないということである。

ところで、各説明変数の推計係数値の符号条件、有意性(t値)、弾力性(各係数値は弾力性を示している)をみると、ODAタイプでは一部を除き各タイプとも符号条件および係数の有意性を示している。また、資金協力と技術協力のマクロ経済へのインパクトは前者が後者よりも若干大きいと言えるが、ともに効果的である。ODAのセクター別インパクト評価では、符号条件および有意性を満たす係数の数から、教育(有意な係数:4つ)および社会保障、女性・青少年開発(同:3つ)分野への援助がバングラデシュのマクロ経済に対して最も累積効果が高いと言える。その他のセクターでは農村・組織開発(同:2つ)保健医療・家族計画(同:2つ)および通信(同:2つ)分野への援助が比較的インパクトがあると言えよう。

添付表5-3-2ではGDPセクターおよび輸出間の因果関係のテスト結果を示している。各列が因果関係の「原因」を示しており、グランジャー因果テストにより有意な関係が認められたものを「+」と表現している。このテスト結果によると、鉱業、農業、建設業などの成長と他のGDPセクターの成長との因果関係が広く認められる。つまり、これらのGDPセクターの成長が他のGDPセクターの成長を促す原因となっている可能性が高いと言える。さらにこの表の各行に着目すると、電気・ガス・水道セクターのポイントが最も多い。各行は因果関係の「結果」を示しており、あるセクターの成長が当該セクターの成長に寄与していることを示している。つまり、当該分野の付加価値の増加は他の各GDPセクターの成長に大きく依存していると言える。

したがって、マクロ経済的観点から判断すると、ODAの累積的な効果発現余地の大きいセクターは「教育」および「社会保障、女性・青少年開発」、そして「農村・組織開発」や「通信」、「保健医療・家族計画」セクターであり、効果的なODAタイプは資金協力と技術協力との連携を強化したタイプであると言える。また、これらの援助分野以外にも鉱業セクターの成長にインパクトが認められる「水資源開発」援助、農業セクターの成長にインパクトが認められる「住宅・施設・上水道整備」に対する援助、そして建設セクターの成長にインパクトが認められる「工業開発」分野への援助などが効果的である。


5 本評価手法は、国別評価手法として確立されたものではなく、同手法の開発は現在試行段階にある。

6 各種マクロデータの変換指数については、コラム5-1参照。




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